大阪簡易裁判所 昭和35年(ろ)991号 判決 1960年9月20日
被告人 池田信晴
大一一・三・一五生 毛皮商
主文
被告人を罰金弐万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金弐百五拾円を壱日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
理由
罪となるべき事実
被告人は、
第一、昭和三二年四月上旬頃より同三三年五月五日頃までの間七回に亘り、別表(一)記載のとおり被告人の肩書住居地の同人店舗において、谷村菊蔵外三名より、法令に違反して捕獲した鳥獣たるカモシカの毛皮合計二五枚を不法に譲受け、
第二、同三二年四月下旬頃より同三三年五月中旬頃までの間四回に亘り、別表(二)記載のとおり右店舗外一ヶ所において、玉置新外一名に対し前同様の毛皮合計二八枚を不法に譲渡し
たものである。
証拠の標目(略)
弁護人の主張
昭和三三年法律第五一号による改正前の狩猟法第二〇条は、狩猟法又は同法に基いて発する省令に違反して捕獲した鳥獣の譲渡又は譲受を禁止する旨規定していたが(カモシカはかかる禁獲獣に該当)、その後右法律第五一号によりこれを改正して、かかる鳥獣の外その加工品にして省令をもつて定めるものも亦譲渡或いは譲受を禁止する旨定めるに至り、該加工品として省令により狩猟法施行規則第四三条の二が制定せられ、その第三号に加工品たるカモシカの毛皮及毛皮製品の授受を禁止する旨明記、右改正法第二〇条は昭和三三年一二月一日より施行せられた。そうして本件毛皮は、猟師の捕獲したカモシカの毛皮から臓腑血肉等を除去したいわゆる生皮を、専門業者の手で約一週間乾燥した干皮と称するもので、かかる毛皮は加工品というべきものである。してみれば本件において叙上のような加工品たるカモシカの毛皮の取引をなしたのは、右改正法第二〇条の施行前たる昭和三二年四月上旬頃から同三三年五月中旬頃までの間であつて、これに対しその後に施行せられるに至つた右改正法令を遡及して適用するの理はなく、単に禁獲鳥獣の授受を禁止した右改正前の法第二〇条の下においては、本件の加工品たるカモシカの毛皮の取引行為は罪とならないものである。
右主張に対する判断
狩猟法第二〇条の改正及びこれに基く同法施行規則第四三条の二制定の経緯は大体右弁護人主張のとおりであるが、ただ弁護人は右改正法第二〇条の施行は昭和三三年一二月一日である旨主張するが、同条は同年四月一日法律第五一号をもつて改正せられ、その施行は同年七月一日であり、又同年一二月一日に施行せられたのは狩猟法施行規則第四三条の二(昭和三三年九月二〇日農林省令第四二号)であつてこの点右主張は誤りであるから訂正する。
ところで本件取引においてその対象となつたカモシカの毛皮が、弁護人の主張するとおり加工品たる毛皮か否かがまず問題となるのでこの点について考察する。
被告人及び証人西村正の当公廷における供述、被告人の司法警察員に対する第一回供述調書、谷村菊蔵(第二回)辻村玉雄、寺沢半七(第一回)の司法警察員に対する各供述調書(なお右谷村の分は謄本)を綜合すると、被告人は山羊、緬羊、兎等の各種毛皮を集荷し、これを加工業者等に販売することを業としている者であるが、昭和二七年一月頃からカモシカの毛皮についても右のとおり取引するようになつたこと、及び本件において取引されたカモシカの毛皮は、猟師の捕獲した該獣の皮を剥いで、血や肉等の汚物を除去し、約一週間天日乾燥したいわゆる干皮で、頭皮或いは時に爪も付着し、猟犬の咬痕や猟銃の弾痕等の存する程度のものであつたことを認定できる。
そうして弁護人は前叙のいわゆる干皮は、右改正法第二〇条及びこれに基く省令にいうところの加工品たる毛皮であると主張するのであるが、右加工品たる毛皮とは、鳥獣を解体して毛皮としたものに工作を加え、社会観念上もとの毛皮とは異なる新たな品物とみられるようになつた毛皮で、しかも毛皮製品でないものをいうと解すべきである。してみると、前段において認定した程度の本件毛皮いわゆる干皮は、前示のとおり乾燥させたとはいえ、なお解体した当時の毛皮その儘の態様を存した加工以前の毛皮であつて、加工品というべきものではない。
ここで参照せらるべきは改正前の狩猟法第二〇条に関する昭和一三年七月二八日の大審院判決であるが、該判決は右法第二〇条が狩猟法令に違反して捕獲した鳥獣の授受を禁止する所以は、本来鳥獣の保護繁殖のため捕獲を禁止する法意の延長であるから、これを解体して毛皮にしたといつても解釈を異にすべきではなく、かような毛皮も亦法律上は鳥獣なりと解しても不可ではないとの趣旨を判示している。しかしながら右判決にいう毛皮は、これに加工したり或いは製品にしたような毛皮をもこれに含ましめる趣旨ではなく、少くとも捕獲鳥獣を解体して毛皮としたもので加工以前のものを法律上捕獲鳥獣と同視したに過ぎないと解すべきであり、本件取引における物品も亦まさにかような毛皮であるといわねばならない。
なおこれに関連して前掲狩猟法令改正立法の趣旨について言及すれば、改正前の法第二〇条にいうところの捕獲鳥獣の解釈は右に説明したとおりであるとすれば、これに該当する毛皮に対し加工し或いは毛皮製品となしたような場合は、それは最早取締の対象とはならないこととなり、ひいて前叙のような禁獲鳥獣の保護繁殖を計る法意の徹底は期して得られない結果を招来する。よつてこの点を慮つて右の通り狩猟法令を改正し、一定の加工品たる毛皮や毛皮製品をも亦取締の対象として明記するに至つたものと考えざるを得ない。
これを要するに本件取引におけるカモシカの毛皮は、弁護人主張のような加工品ではなく、まさに右大審院の判示に該当する毛皮たること明らかである。してみれば本件取引行為は、右のとおり一定の加工品等についてその授受を禁止した改正法第二〇条及びこれに基いて発せられた狩猟法施行規則第四三条の二の施行以前になされたものであつても、改正前の法第二〇条に違反するものといわねばならない。
法令の適用
本件カモシカは狩猟法第一条及び同法施行規則第一条による禁獲獣でその毛皮の譲受譲渡をなした判示所為は、同法第二二条第一号(罰金刑選択)及び昭和三三年法律第五一号による改正前の狩猟法第二〇条並びに右法律第五一号附則第五項に該当するところ、以上は刑法第四五条前段の併合罪であるから同法第四八条第二項の範囲内で被告人を罰金二万円に処し、なお被告人において右罰金を完納することができないときは刑法第一八条に則り金二五〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとする。
(裁判官 岩崎英夫)
別表(一)
番号
犯行年月日
譲受先
数量(枚)
買値(円)
1
昭和三二、四、上旬頃
谷村菊蔵
九
一一、四〇〇
2
右同
辻本玉雄
二
二、六〇〇
3
同三三、四、上旬頃
右同人
三
三、九〇〇
4
右同
寺沢半七
四
五、二〇〇
5
同三三、四、八、頃
杉本保
一
一、五〇〇
6
同四、一七、頃
谷村菊蔵
五
六、〇〇〇
7
同五、五、頃
杉本保
一
七〇〇
別表(二)
番号
犯行年月日
犯行場所
譲渡先
数量(枚)
売値(円)
1
昭和三二、四、下旬頃
被告人方店舗
玉置新
一一
一六、五〇〇
2
同三三、四、八、頃
大阪市浪速区鴎町三丁目六番地
木下商事株式会社
木下仁平
七
一二、五〇〇
3
同四、二三、頃
右同所
右同人
五
七、八〇〇
4
同五、中旬頃
被告人方店舗
玉置新
五
一一、〇〇〇